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佐々木蔵之介│ドイツが愛した日本人…蔵之介が巡る、ある医師の物語

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佐々木蔵之介│ドイツで人々の命を救った医師・肥沼信次の軌跡を辿る

 

 

こんにちは、
管理人Pです。

 

 

俳優・佐々木蔵之介が、
第二次大戦直後のドイツで
疾病対策に力を尽くし、
若くしてこの世を去った医師・
肥沼信次氏の軌跡を辿る
『ドイツが愛した日本人
 ~佐々木蔵之介が巡る、
 ある医師の物語~』
今日2月5日放送となる。

 

 

第二次世界大戦前夜の1937年、
アインシュタインに憧れ、
放射線医学の研究者を志し、
ドイツへ渡り、
29歳で名門・フンボルト大学への
留学を果たした肥沼信次氏。

 

 

ナチスドイツの独裁が進むドイツ
懸命に学んだ肥沼信次氏は、
功績を認められアジア人初
教授資格を得るまでになる。

 

 

しかし、
第二次世界大戦の戦況が悪化し、
“アジア人初の教授資格獲得”
という栄誉も、
戦争の混乱の中で消えてしまう…。

 

 

大使館から帰国指示が出る中、
ドイツに残った肥沼信次氏は
ベルリンを離れ、ドイツ北東部の
ポーランドとの国境に近い
古都・ヴリーツェンへ向かう。

 

 

当時のヴリーツェンでは
チフスが猛威を振るっており、
十分な薬もない中で肥沼信次氏は
チフスに苦しむ人々の
治療にあたった。

 

 

そんな肥沼信次氏の
ドイツでの軌跡を追うため、
佐々木蔵之介はドイツの首都・
ベルリンに降り立つ。

 

 

佐々木蔵之介は
東西ドイツ分断の象徴だった
“ベルリンの壁”を巡り、
第二次世界大戦の爪痕と、
東西ドイツの統一前後の
変化を目の当たりにする。



 

 

 

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そして肥沼信次氏が
留学した頃のドイツを知るため、
当時の面影を残す
大聖堂や世界遺産
博物館島へも赴く…。

 

 

さらに、
ナチスによるユダヤ人迫害
歴史を知るため、
ホロコースト記念碑や、
ザクセンハウゼン強制収容所
などを経て、
肥沼信次氏が
チフスから人々を救うため
尽力したヴリーツェンへ…。

 

 

中世から栄えたこの街で、
佐々木蔵之介が見つけた
肥沼信次氏の足跡と、
ヴリーツェンの人々の
肥沼信次氏への感謝を知る。

 

 

ヴリーツェンの
学校を尋ねた佐々木蔵之介は、
肥沼信次氏に祖父の命を
救って貰ったという少年
ルイスに出会う。

 

 

ルイスの祖父は
5歳のときに肥沼信次氏に
チフスを治して貰ったという。

 

 

ヴリーツェン市長をはじめ、
肥沼信次氏を知る
人々との出会いの中で
献身的な彼の人柄や、
医師としての姿などが
浮かび上がる。

 

 

長らく
日本に伝わることがなかった
肥沼信次氏の功績
没後43年目にして
その偉業が伝えられるきっかけは
何だったのだろうか…? 

 

 

激動の時代の中、
日本から遠く離れた
ドイツの人々の命を救い続けた
日本人医師・肥沼信次の
生き様を伝え、
現代を生きる日本人に
勇気と誇りと感動を届ける…。

 

 

『ドイツが愛した日本人
 ~佐々木蔵之介が巡る、
 ある医師の物語~』は
 今日2月5日(日)15時~
 日本テレビで放送される。

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